「駒」のセオリー

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これは・・ヴァイオリンの「駒」である
四本の弦が乗っている
右からE A D G
その順に弦は細く・・音は高い

この「駒」には
微妙な丸みがついているのが見えるが
この曲線が実に大事
曲がり方ひとつで・・
弓をあてがう角度が変わる
弦を変えて音が移行する際に
無駄なく弓を滑らせるには
この角度が重要なのだ

それに・・
二弦にまたがって音を重ねる重音
角度が深すぎたら・・重ねにくい
一方浅すぎれば・・隣りの弦に触れて
単音が弾けなくなってしまう
駒のないギターは・・
弓では弾けない理屈である

左手で指板を支え・・右手で弓をもって弾くから
構えの段階では・・ヴァイオリン本体は
僅かに右に傾くのが普通
その演奏スタイルで・・
弓が自在に弦を選べる角度・・がこれなのだ

400百年以上のヴァイオリンの歴史の中で
経験が生んだセオリーなのだろう
たった四本の弦を・・
必要に応じて・・限りなくスムーズに移動して
単音の美しさを表現できるのも
また・・無理な力を入れずに重音を響かせる技法も
この駒の角度次第・・つまりセオリーがあるからなのだ
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何ごとにつけ「セオリー」というものは・・
長い間には変わることはあるが
無暗に急ぎもせず・・個人的なものでもない
大勢が理解し承知して受け入れる「広さ」がセオリーだと思う

個性的に生きる・・大事なことだ
しかし・・
だからといって「セオリー」が不要だとは思わない
色々なことが自由に選べる時代と社会になったが
基本的なセオリーが見えない不安な時代と社会でもある

一人の声が届かず・・多勢の声が重ならない社会
「駒」のカーブは・・どうなっているんだろう・・?
by kamadatetsuya1017 | 2009-07-19 10:50 |
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