恒例のお餅ランチ

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毎年暮れの28日は・・
それが何曜日であろうと・・餅つきと決まっている
かつて病院の事務長だった時代からの恒例
その病院の敷地の一部の地主さんだったOさんの家でつく
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Oさんは農家・・でも
舅姑を亡くしたあと・・ご主人にも先立たれた
だから昔のように盛大にとはゆくまいが
自家用の食材なら・・お手のものってわけだ
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私の黒天目の大鉢をもっていった
白い餅が似合うはずである
Oさんお得意のねぎからみ餅
大根おろしにねぎを和えて餅を包む
採れたてたてのねぎでないと駄目だそうだ
大根の辛みにねぎの甘さがかぶって実に美味い
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雑煮に使う小松菜もしゅんぎくも
裏の畑で収穫・・採れたてである
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昼になると・・みんなでつきたて餅を食べる
雑煮に始まって・・からみ ねぎからみ 黄粉 アンコ
まさに餅三昧である

毎年この日にしか会えないこの家の親戚仲間たち
10年余の歳月がうそのように・・いつもの通りである
やがてついてもらったちん餅の板を抱えて
それに自家製の漬物をいただいて別れる
また・・来年の今日までの・・一年が始まるのだ
# by kamadatetsuya1017 | 2008-12-28 23:18 | 食べ物

初冬のセカンド・ハウス

私は・・商家に育った・・だから
住まいにはいつも大きなダンボールがあって
大袈裟にいえば・・倉庫に住んでるみたいな気分でもあった

ボロ家だが・・広い
陶芸に転じて・・これだけが有難い
汚れても・・あまり気にしないで暮らせるからだ・・
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小回りの利かないこの家はほっといて
富士山麓に・・セカンドを建て直して15年
ここだけは・・住まいらしい住まいにしてみたかった
ほとんど自分で図面を書いて
そのままに作ってもらった家である

目の前に富士がそびえて
幼かった子どもたちが・・
巣だって独立した今までの時間さえ
僅かな変化でしかないように・・
その姿は・・微動だにしていない
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真夏に冷房装置は要らないが・・
晩秋からの寒さに・・暖房は欠かせない
街中では不都合な暖炉も
ここでは・・・・安らぎでもある
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酒も珈琲も・・一味違うのは
蛇口に富士の地下水が届くから・・
酒飲みが・・そう云う
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お気に入りのリクライナー
別々に買ったリクライナーとスツールを
同じ英国調のクロスで貼り直してもらった
まるで最初から一つだったみたいで
長々と脚を伸ばせる
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今では吸うこともなくなったスモーキング・パイプ
その昔・・海外に取材に出たときに
少しづつ増えていったコレクションである
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確か・・これを「バンカーズ・ランプ」と言ったような気がする
古いヨーロッパ映画などで見かける銀行で使っていたから・・
手元だけを明るく・・落ち着いた雰囲気を誘ってくれる
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スペインで活躍する同級生の石井崇画伯の絵・・
この壁に・・ずっと予定されていたかのようだ
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二枚の油彩は・・私が描いたが
星形のパッチワークは・・親友の夫人の作品
吹き抜けの壁がシックに華やぐ・・
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確か東南アジアから輸入されたダイニングテーブルだったはずだ
大きな丸いテーブルがほしくて・・随分探したのを思い出す
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このベランダで・・食べるのが楽しみで
そのための家だったかもしれない
大勢で賑わった時代もあるが・・今は・・静かだ
でも・・ここが私にとっては『家』のような気がするのだが・・
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ひさしぶりに・・出かけた日曜日・・
雲ひとつなくはれ上がった碧空に
冠雪の富士が見事だった
# by kamadatetsuya1017 | 2008-12-21 00:02 | 未分類

ピアニスト 武藤晶子

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ライブ・コンサートがやがて始まろうとして
だから気になるとこだけでも・・リハーサルを・・って
そこまではいつもの通りだったが
突然・・「ちょっと眼医者さんに行ってくるわ・・」
我慢してた痛みが限界だったらしい
やがて・・おおきな眼帯をつけて現れたピアニスト
それが武藤晶子だった
もう20年も昔のことだろうか・・

譜面が読めなきゃ弾けない・・なんて
そんなヤワなピアノじゃない
その夜・・彼女のピアノで歌ってたのが・・
うめのかずこ
今でも福岡で歌っている・・
ライブのシャンソン歌手の合間に教えてもいるようだ
ウェブのバックで聞こえてくる歌は・・
私が書いて旧友の丹羽元夫が作曲した「野辺の花」
「福岡じゃさ・・結構人気あるのよ・・
私のライブは・・いつもこれがフィナーレだもん・・」

うめのが歌って・・武藤が弾いた
それが・・Claps Concertだった
それぞれに・・住む世界は違ったが・・
音楽仲間としての・・つながりは今でも色濃いものがある
折々の折りにも書いたことがある
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久しぶりに・・武藤さんのジャズを聴いた
遠い日・・初めて彼女のピアノを聞いたとき・・
彼女にとって・・ピアノは愛馬のようだった
存分に乗りこなして・・そして・・
気持ちよく走らせている・・そう思った・・だから
このピアノで・・気持ちよく歌えない歌手がいたら・・
そりゃ下手ってもんだ・・そういうピアニストなのだ
彼女に弾いてもらいたい歌手は・・たくさんいる
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専門的なことはわからないが・・きっと彼女のピアノは・・
余計なフレーズを入れたりしない
もってまわったような感情移入もしない
必要な音だけで・・必要な音楽はできる
気持ちのよい音楽・・ってそういうもんだ
確かな音楽ってのも・・そういうもんだ・・と
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久しぶりに・・武藤さんのジャズを楽しんだ
# by kamadatetsuya1017 | 2008-12-03 00:46 |

night in 銀座

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もう少し行けば新橋の駅・・
そんな辺りのあずま通りだったかに
その小さな会社があった

大学4年の春・・
私は・・その会社の正社員だった
勿論・・月給ももらった
おまけに・・仕事上の便宜のためだが
営業部次長・・なんて肩書きまでついていた
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スーツを着て・・この銀座通りの左右を
セールスして歩いていた・・
3年生のときに・・ほとんど単位をとってしまって
だから・・大学には週に一日しか用がなかったのだ

卒業して・・ほんとにやりたいことはテレビだった
この会社を辞めて・・番組製作会社に入ったら
その会社も銀座・・また・・毎日銀座に通った
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毎晩毎晩・・深夜まで働いた
世の中・・まだ貧しかったが・・活気はあった
新米プロデューサーでも・・仕事はいっぱいあった
テレビが新聞から独立して・・ひとつの世界を作りつつあった
面白い時代だった
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あの頃・・銀座の夜は早かった
高級クラブ街を除けば・・店じまいは早かった
だから・・久しぶりに銀座の夜を歩いて
雨後の筍みたいに乱立し始めたブランド店が
結構遅くまで営業しているのにびっくりした
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当時だったら・・六本木か青山
仕事を終えて・・深夜にメシでも食おうとしたら
そこらまで足を延ばしたものだ
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銀座・・やっぱり懐かしい街・・
こんなにおしゃれじゃなかったかもしれないが
それでも・・ここは大人の街だった
# by kamadatetsuya1017 | 2008-11-27 23:58 | 風物

リンゴ

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美味しそうな林檎・・でしょ
♪~~あかいリンゴにくちび~~る寄せて~~♪
いただきものですが・・この林檎・・すぐれものです
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実は・・こうなんです
大きいリンゴが普通のリンゴ
これだと・・一人で一個食べると持て余す
都合よく半分づつってお相伴がいるとは限らないから
そこで・・開発された小型林檎
姫や乙女リンゴよりは大きめだそうです
ひとりで一個は・・らくらくゆけそう
いろいろ考えるものですねぇ~~
# by kamadatetsuya1017 | 2008-11-22 22:00 | 食べ物

笠間の秋

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特別な日を除けば・・ここはいつも閑かだ
ピリッとした冷たい空気が・・紅く染まる
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笠間の陶芸の丘の裏手に広がる静けさ
同じ季節のヨーロッパにいるような錯覚だって・・ここにはある
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美術館につい数日前まで展示されていた作品を
搬出するために・・また来た
独りだから・・久しぶりに真赤な秋を歩いた
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祭りのあとに賑わいはない
誰もいないから・・少し寂しいが
それが・・秋だ
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微動だにせずに・・小鳥がたたずむ
陶の小鳥・・ここが陶芸の丘だと知らされる
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空気が冷えれば冷えるほどに・・樹々は紅く染まる
燃えてるわけじゃないのだ
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あからさまな情熱だけが・・
ことを成就させるわけじゃない・・と
冷たい秋が・・教えてるのだろうか・・?
# by kamadatetsuya1017 | 2008-11-18 22:32 | 風物

晩秋

とりわけこの数年・・
セカンド・ハウスを訪れる機会は激減した
工房暮らしが結構あわただしいからでもあるし
子どもたちが巣立ち・・私も仲間たちも・・
少し歳をとったせいもあるかもしれない
だから・・建物もだいぶ傷み
大工のクロちゃんに直してもらったのが・・
今年の夏のことだった
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修理を終えて・・
点検のために久しぶりに・・山にきた
木々は・・晩秋らしく紅葉していた
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工事を始めるころには・・こんなに緑が濃かったが
この季節の落差が・・山の良さでもある
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じっとしていると・・身体の芯から冷えて
ついそこまで・・冬が近い
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葉擦れの音の・・もの寂しく
遠い昔のあのざわめきは・・今はない

ここにたたずむと・・
ひとは・・自然に詩人になる
しかし・・それが切なくもあるような・・
そんな気分になってしまう
これも・・少し歳をとったせいなのだろうか・・
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いただいたコメントにお応えして・・
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ちぢみさま・・熱い珈琲を・・
ご用意いたしました・・笑
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それとも・・
この季節・・こちらにしましょうか・・?・・笑2
# by kamadatetsuya1017 | 2008-11-10 18:00 | 自然

松茸

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いただきもの・・だが
久し振りに『松茸』を食べた
子供のころには・・さして珍しくもなく
手の届かぬ高根の花だった記憶もないが
今では・・フォアグラ・・トリフォ顔負けのようだ
バターで焼いて・・醤油で食べた
やっぱり美味しい・・笑

マツタケには・・懐かしい話がある
前回に書いたカナダ・バンクーバーの旅と深く関わる
この取材旅行中・・終始お世話になった人物
それがゴードン門田氏なのだが・・
調べたら・・3年前に日本で叙勲の栄を受けられている
ご健在のようだ・・嬉しい話だ

ゴードン門田氏の名前を久し振りに見つけたのは
いつのことだったか・・
大橋巨泉さんの海外事業のパートナーが彼だと聞いたときだった
さもありなん・・カナダで何かしようとしたら
これほどに心強いパートナーはいないに違いない

40年も昔のことだが・・
『世界の結婚式』の最初の取材がバンクーバーで
今と違って・・何の情報も手にできない時代だった
パソコンは勿論・・インターネットも携帯電話もない
彼がいなかったら・・わずかな滞在で
結婚式の取材は無理だったかもしれない
今でも・・その恩を忘れることはない

そそ・・肝心の松茸の話題のこと・・
その取材で滞在していたバンクーバーで
一緒に食事したある夜のこと・・・
ゴードン門田さんがこんな話をしたのだ

『・・日本にいる親戚の者がね・・季節になると
バンクーバーの私に・・マツタケを送ってくれるんだ・・
懐かしい日本の味を思い出してほしい・・ってね

日本では高価な食材だと聞いている・・
それに航空運賃をかけてのことだから
恐縮するほどの高いプレゼントなんだよね

勿論いつもちゃんとお礼をするけど・・
だけど・・どうしても言えない話があるんだよ
それは・・
カナダには松茸が掃いて捨てるほど生えてるってこと・・!

これ言っちゃったら・・今までの好意を
裏切っちゃうことだもんね・・
言えない・・でも・・いつかカナダのマツタケを
日本に輸出したい・・って計画してるんだ
きっと安く食べられるようになると思うからね・・』

今ネットで調べると・・
カナダからの松茸はたくさん輸入されている
ことによると・・ゴードン門田さんが
深く関係していたかもしれない

見かけたら・・カナダ産マツタケを買って食べてみよう
# by kamadatetsuya1017 | 2008-10-28 23:51 |

こんな旅もあったっけ・・!

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今夜は・・月に一度の「サード・フライ」
高校時代の悪友が京橋のレストランに
何とはなしに集まる日

そこでこんな話題になった
「一流ホテルの一番安い部屋」と「三流ホテルの一番高い部屋」
どっちに泊まる・・?・・で始まった
結論は・・前者
理由は・・ユーティリティーは共通で
一流のほうがいいに決まってる・・からだった
部屋は安くても・・サービスは一緒
とりわけセキュリティーは・・一流がいい

それにつけても思い出す旅がある
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丁度40年前の1968年秋のバンクーバー
アルバムにこれが貼ってある
メイプルリーフの押し花
カナダドルの1ドル紙幣・・そして
Abbotsford Hotelのレターヘッド
1週間の取材の間・・このホテルに泊まったのだ
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バンクーバーの街の中なら
どこからでも見えた・・この大きな建物
バンクーバー・ホテル・・一流である
一二度食事に入ったが・・泊まるには高すぎた

ここで食べた「オールドファッションド・パンケイク」
つまりは・・ホットケーキのことだが
分厚くて・・大きくて・・たっぷりとメープルシロップがかかって
忘れがたい美味だった・・
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1週間を過ごしたアボッツフォード・ホテルが・・これ
右奥に・・縦の看板が見える
今でもあったら・・怒られそうだが
決して一流とはいえない

当時の取材ノートには
4人で1週間泊まって・・128ドルとある
いくら360円レートの時代とはいえ
これは木賃宿レベルだが
ここのフロントにいたジョーンズという女性の人情味
40年たっても・・思いだす

「世界の結婚式」の取材は・・
このバンクーバーで始まったが
プロデューサー1名
ディレクター1名・・カメラマン2名
時代のせいもあったが貧乏な取材旅行だった

だから・・『三流ホテルの一番安い部屋』
しかし・・それでも青雲の志は
燃えたぎっていたっけ・・
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このときのカップルが・・リーランドとネリー
カナディアン・パシフィック・エアラインズの
パイロットとスチュワーデス
二人とも26歳・・私と同じ歳だった

健在なら揃って66歳・・
孫でも抱いているころだろうか・・?

おまけは・・more・・で

More
# by kamadatetsuya1017 | 2008-10-17 23:08 |

維新通り・・?

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朝晩・・桃次郎の散歩は
妻と私が交替で当番である
8歳の柴・・ってことは8年続いた日課である
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幾つかのコースがあって
その日の気分で使い分ける

たまには・・変わったコースを歩いてみるか・・と
江戸川や公園を歩くコースをやめて住宅街を歩いた

つわものどもの夢の跡・・みたいなたたずまいに
景気の悪さを思い出したりして・・
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ふと・・この表札にであった
あら・・島津さん・・特段に珍しいというわけじゃないが
だからといって・・鈴木さんや佐藤さんのように
あちこちで出会うわけでもない
「西郷さんお元気ですかぁ・・?」

ここからである・・ちょっとびっくりした
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島津さんちが・・右手だったが
その向かいのお家・・つまり左手の家が
これがなんと・・細川さんだ

そういえば・・去年だったか
高島屋の個展で細川元総理の作品を拝見し
会場の隅でサインペン持って・・手持ち無沙汰そうにしておられた
その元総理の陶芸家に・・サインをいただいたっけ・・

びっくりは・・まだ続く
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そのまま直進したら・・
正面に見えた表札が・・これ毛利さん
そうなると・・薩摩に肥後が向かい合わせで
その先に・・長州が・・ってことになった

薩長土肥・・のうち三家が揃った
こんな近くに・・である
なら・・土佐もいるかも・・
坂本竜馬ゆかりを欠いてはなるまい
山内さん・・きっと探してみせる・・!!

もしかして・・山内さんちのそばで
司馬さんなんて表札に出会ったりしたら・・
卒倒間違いなしである・・笑
# by kamadatetsuya1017 | 2008-10-13 23:54 | 未分類