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そもそも・・

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そもそも・・久しぶりにチャリンコに乗って
独りでラーメン食いにゆこう・・と思った

地元にあるという・・殿堂入りのラーメン屋さん
行ったことはなかったから・・行ってみることにした
これが・・そうである・・殿堂入りの・・
チャーシュは美味かったが・・麺は好みじゃない
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独りでランチのとき・・
先ず一冊の本を持たずということはない
今日もそのつもりで・・読みかけの一冊を・・
バッグにつめようとして・・みつからない

昨晩・・ベッドで読んだから
部屋のどこかないあるはずなのに
それがみつからないのだ

意地になって探した
そもそも・・乱雑な部屋をそのままがいけない
となると・・掃除して整頓するしかない
やった・・掃除を
腹が減ってるのに・・やった
みつかった・・携帯電話のマニュアルと一緒に
テレビの後ろに置いてあった

そこに置いたのを思い出したが
探しているときには・・思い出せなかった
不安に怯える・・そろそろ始まったかぁ・・
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そもそも・・この一冊クライブ・カッスラーの
『古代ローマ船の航跡をたどれ』の上巻なのだが
読み始めたら面白い

大分昔・・この作家をまとめて読んだ時代があるが
そのころ・・読み残した一冊を
我が家の書架の隅っこでみつけて
今になって読み出したというわけだ

ラーメンのあと・・ドトールで
珈琲を飲みながら・・読み続けた
娘にもらった桃次郎のブック・カバー
この目で見つめられると
散歩の時間が迫ったのを思い出す
ひとしきりして・・またチャリに乗った
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そもそも・・この一冊
そろそろ上巻を読み終えそうで
数日前から下巻を手元に・・と思い始めて
これがみつからない

どうしてもみつからないのだ
ままよと・・チャリを止めてブックオフに・・
下巻だけ探したが・・あいにくと在庫なし
諦めて・・帰宅した

そもそも・・この一冊が置いてあった書架
上下二冊を一緒に抜いたはず・・?
帰宅して・・その場所に行った
・・そこで下巻を発見した・・
不安に怯える・・やっぱり始まったかぁ・・?
by kamadatetsuya1017 | 2008-04-25 23:21 | 食べ物

ショルダー・バッグ

昔から・・ポケットに物を入れるのが嫌いだった
そのくせして・・持ち歩く物は多かった
だからバッグなしの外出なんてありえなかった
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10年ほど前・・陶芸に転じて
それを仕事にしたころから・・様変わりした
持ち歩く物はうんと減った
分厚いシステム手帳もいらなくなった
携帯電話だけで十分になったりもしたから・・

でも・・コンパクトでもバッグなしってわけにはゆかない
長年のクセだし・・どうやらバッグが好きだからでもある

前職の病院事務長と陶芸家は・・まるでライフ・スタイルが違う
判で押したようにスーツで暮らすわけじゃない
たまに着るジャケットで使ってもOKで
それでいて・・Gンズでも似合いそうなヤツ・・難題だ

東日本伝統工芸展の最終日に出向いた帰り
上野のアメ横で・・それらしきを見つけた
懸案の個展も・・展覧会も・・どうやら無事に終って
自分への褒美のつもりで・・購入した
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殆ど物欲のなくなったこの10年
工房で必要なもの以外なら・・
本当に久しぶりの買い物である

皮製のショルダーだが・・とても軽くて柔らかい
ファスナーで保護された中身がこぼれる心配もないから
フラップは・・きりっぱなしのとめ具なし
そこらへんが気に入った

常備品を詰めてみたら
それでもゆとりがある・・A4の雑誌も大丈夫だ

久しぶりに・・少しおしゃれな気分が蘇った
明日から・・また新しい挑戦が始まる
by kamadatetsuya1017 | 2008-04-20 21:41 |

ジャック・ニクラウス

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この写真は・・
2年ほど前に撮ってアップしたことがある
シャボン玉の底についた雫が・・まさに落ちる瞬間である
殆ど偶然に撮れた・・それこそ千分の一秒の世界かもしれない
しかし・・このとき・・
これを捕まえたくて何度もシャッターを切ったのを覚えている


いつだったか・・
今 日本橋の三越で開かれている東日本伝統工芸展の母体
日本工芸会が主催の勉強会で・・
審査を努める高名な陶芸家が・・こう話した

『日本伝統工芸展の審査にあたって・・
ここでは完璧な技術で作られたものでなければ通らない
しかし・・同時に
その完全な技術が作品に見てとれるようでは
これもまた通らない・・』

禅問答のような教訓だが・・
この意味が判るような気がした
ひとつの出来事を思い出したからだ

ジャック・ニクラウス・・不世出のプロ・ゴルファーである
前回のボビー・ジョーンズと対極に位置する天才だった
数年前・・セント・アンドリューズの全英オープンで現役引退を表明し
全ての観衆のスタンディング・オベイションで送られた
あの姿が目に焼きついている

かなり昔・・そのジャック・ニクラウスが来日した際に
NHKが収録した彼のレッスンを見たことがある
これひとつで・・色々なことが書けるほど
エピソードに富んだレッスンだったが
折々の折り 引退05/07/16
そのひとつ・・

「ニクラウスさん!
ドロー・ボールとフェード・ボールの打ち方の違いは
どのようにしているのですか・・?」
ドローとフェードってのは・・打ったボールが落下点近くで
僅かに左に曲がったり右に曲げたりする技術のことなのだが

彼の答えが凄かった
「・・私の場合・・
ドローを打ちたいなって思うとドロー
フェードがいいな・・って思えばフェード
そういうことかな・・・」

これを聞いた瞬間は・・
これじゃレッスンにならん・・かもだ
グリップがどうの・・スタンスがどうの・・とかの
技術的な解説があってのレッスン
誰もがそう思うから・・からかわれているのか・・
と感じた視聴者もいたに違いない

ここが天才でもあるが・・
まこと求道精神に満ちた努力のひと
ニクラウスの真骨頂だと思ったのは・・

つまり・・
曲げて打つのは技術だから
いわゆるグリップだのスタンスだのの違いはある
しかし・・それを教えれば誰でも打てるわけではない
もしも・・誰もがそう打てるようになるとしたら
それは技術を知ることではなく
その技術を繰り返すことなのだ

ニクラウスに聞かなくても
あらゆるレッスン書に・・技術は書いてある
できないのは・・繰り返して練習しないからに過ぎないのだ
ニクラウスは・・
殆ど完璧な技術を持っていた
しかし・・実際に打つ瞬間には
その技術は姿を消して・・願いだけが身体を動かしている
それで叶うほどに練習を重ねたから・・
だから大きく乱れたり・・狂ったりしなかったのだ

思っただけで・・願っただけでそれができるまで
飽きずに繰り返して稽古しろ!・・技術とはそうしたものだ
それが彼のレッスンだと・・私は感じた

技術が器に見えるようでは・・は
まだ消化しきれてない技は完全とはいえないよ
また技を見せようとする卑しさも・・不完全を糊塗するだけ
これもまた深い教えだと思える

冒頭の雫は偶然撮れたに過ぎない
しかし・・
野球やゴルフなどの球技のボールを追うカメラマンは
朝飯まえでこれを捕まえるだろう
目にもとまらぬ速さに目と指を慣らす
日々これを繰り返して決定的瞬間をゲットできるようになるのだから・・

どんなことでも
諦めずに繰り返し繰り返し練習していたら
人間って・・途方もないことができるようになるのだ
それだけのポテンシャルをもっている
それに気づくだけで・・
今している苦労は大したことではない・・と思えるのだ

by kamadatetsuya1017 | 2008-04-18 10:52 |

ボビー・ジョーンズ

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早く寝たら・・早く目が覚めた
ほんとは早く寝て・・ゆっくり起きたかったんだけど
勝手に目が覚める・・歳のせいと言われるだけだ

目が覚めたら・・つけっぱなしのTVが
マスターズを中継していた
毎年この時期・・話題のゴルフ・トーナメント
1年の殆どをクローズしてこの日に備える
新緑のオーガスタ・ナショナルが美しい

『マスターズ・ゴルフ・トーナメント』
生みの親のひとりが・・ボビー・ジョーンズ
生涯をアマチュアに徹し・・しかし
ひしめくプロを凌いで・・
球聖と呼ばれた伝説のゴルファーである

彼の考え方で大好きな一言がある
「Old-man Par」・・パー爺さん・・という言葉だ
ゴルフをしないひとのために少し説明が必要かも・・

ゴルフは・・一言でいえば
遥かかなたのカップに
何打でホール・インできるか・・というゲームだ

だから・・このゲームで勝ち負けを決めるのは
打数が多いか少ないか・・なのに
それぞれのホールにパーという数字が決められている
短い距離だと・・パーは3 普通の距離が4で
長いコースはPar5である
これが標準打数という意味である

ひとつのホールを終るたびに
このパーに対して・・幾つ少なくて済んだか
あるいは・・何打余分に打ってしまったかに名前がついている

ひとつ少ないのがバーディーで・・二つならイーグル
滅多にない三つ少ない場合は・・アルバトロス
逆に一打余分がボギーで二打だとダブル・ボギーって具合である

よく考えると・・勝敗の上では・・だからどうなの?・・でもある
どっちみち・・最後に打数の少ない者が勝つ仕掛けだから
標準より多い少ないは・・無意味といえばいえなくないからである

にもかかわらず・・パーという標準打数が決まっているというのが
ゴルフの特徴でもあるし・・深い哲学でもあるのだ

ここでボビージョーンズのパー爺さんに戻ろう
彼のゴルフ哲学は・・まさにこのパー爺さんにあるからだ
曰く・・

『緊迫した試合をしているとき・・
私の頭にあるのは・・パー爺さんのことだ
ここは三打・・ここなら五打 
私はこのパー爺さんに挑戦してゴルフをしている
三打を何とか二打で・・という具合にだ

私の場合・・敵対している相手が
今何打で回っているかで勝負しているわけではないのだ
そうすることで・・いつも落ち着いた気持ちでゴルフができる

もし・・今相手がボギーだから・・
ここはパーさえ取れれば勝てる
とでも思えば・・こころが乱れて
思い通りのゴルフにはなるまい

パー爺さんと語りあいながら・・
爺さん!・・どじゃ!・・一打勝てたぞ!
って・・プレイしてたら
いつの間にか強敵にも勝ってしまった・・ってわけだ』

これがボビー・ジョーンズの『Old-man Par』である
ゴルフだけじゃないような気がする
人がひとに勝ったか負けただけで生きていたら
それは殺伐としたものになるだろう

自分で自分に課した目標
その一里塚が『パー』であり
ひとつひとつを乗り越えて前に進む
相手はひとではなく・・自分の中にあるのだ

アマチュアがプロに勝ったから・・
だからボビー・ジョーンズが偉いのではない
自分が戦うべき相手が何かを・・
それを考えて生きたことが偉いのだと・・
私は思うのだ

マスターズ・ゴルフ・トーナメントで優勝することは
ゴルファーとしては最高の名誉に違いない
毎年たった一人の勝者に
グリーンのジャケットを与えて名誉を讃える

そのジャケットに手を通して・・
勝者は・・何を思うのだろうか?
by kamadatetsuya1017 | 2008-04-13 12:24 |

希望

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たったひとりの人間が生きてゆくためなら・・
僅かな水と食べ物と着るもの・・それに
雨露しのぐささやかな屋根があれば・・何とかなる

だけど・・
大勢の人間を生かそうとしたら
それだけじゃダメだ・・だって
争いが起こって・・
飲めず・・食えず・・着られずが
雨露に晒されて・・
生きてはゆけなくなるからだ

大勢が手を携えて生きてゆくには・・
『希望』がなければならない
希望は・・勿論
飲むでも・・食べるでも・・着るでもない
しかし・・これなしに
大勢のひとが幸福になれたりはしない

教育は・・こどもたちのこころに
大きな希望を育むもの

政治は・・大勢の人々に
希望が何かを・・知らせる仕事

教育と政治が不毛なら
その国が良い国であるはずもない

いじめが原因で引き起こした不始末を
「死んでお詫びします」と書き残して
ほんとに死んだ少年・・・

病気の妻を殺害し・・
自分も胸を突いて死んでいった老人

飲めても・・食べられても・・着られても
希望がなければ・・ひとは生きてゆけない
この国の今を憂えるのはこのことだ
by kamadatetsuya1017 | 2008-04-03 23:17 |