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レシピ

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『レシピ』・・と言えば・・
陶芸家にとっては・・『釉薬』のことだ
写真に使った黒天目鉢
天目釉は・・大勢の陶芸家が使っているが
レシピは・・それぞれに違う
何度も何度も書き換えて
何度も何度も試作する
展覧会や個展で使えるようになるまでには
結構時間がかかっているものだ

入院している間・・
病気の性質のせいもあって
食べるものにはさまざまに制限があった
普通食が摂れるようになったのは
退院も間近かになってのことだった

予後に無謀は許されないが
それでも・・帰宅したら・・
食べたいものが・・脳裏を過ぎった

陶芸家が食器を作るのは当たり前みたいなことだ
その上で・・いつかきちんと対峙すべきかも・・と
思ってきたことのひとつが・・料理であり
もうひとつは・・茶の湯である

今更・・板前修業というわけにもゆかぬが
自分でキッチンに立ってみようと
少し・・モチベーションが沸いたのも
想定外の入院がもたらした・・副産物かもしれない

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退院して10日余
殆ど毎日のように・・朝晩の食事を自分で作る
養生の訓練のつもりで・・
スーパーに食材を買い歩き
妻とふたり分を調理している

仕事に復帰すれば・・毎日というわけにもゆくまいが
それでも・・できるだけ続けてみようと思っている
『習うより・・慣れろ』・・
何事もきっと秘訣は似たようなもんだ

今夜は・・チキンをメインに・・アスパラのスープにした
黒天目鉢に・・トマトの赤が映える
粉引きの抹茶茶碗にアスパラのスープを盛ってみた
器を選ぶ・・料理してみるにしくなし・・だ

余談だが・・この黒天目鉢
実に便利な器で
かなり多目的に使える
大抵の料理の色彩を活かしてくれるのだ

25センチほどの大きさ
展覧会では組み物として6客で出品するが
食卓では一客で使って重宝なサイズでもある

おまけに一枚・・・more

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by kamadatetsuya1017 | 2007-07-30 22:30 | かまだ食堂別館

入院グッズ・・

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昭和40年代の入り口
私は・・テレビ番組の制作者だった
懐かしく思い出す番組に『世界の結婚式』がある
昭和43年秋のスタートだった
渡航の不自由な時代だったが
自分の足で取材して歩いた

思えば・・
今話題の団塊の世代のための番組だったかもしれない
丁度結婚ラッシュの時代だった
文金高島田は遠く・・ドレスへの関心が高まったころだ
世界中の花嫁さんのドレスを実写したこの番組は
当時のファッションの先端情報でもあった
平成になっても放映を続け
30年以上の長きにわたる長寿番組となったから
女性なら一度は見たことがある・・と
おっしゃる方が多い

この番組をプロデュースしていたころ
資料として写真を見せてほしいと
しばしば訪ねてくる女性がふたりいた
ひとりはやまのべもとこさんと言った
ブライダルの演出を・・が
彼女の仕事だったようだ
もうひとりは桂由美さん
今では知らぬ者のないデザイナーのひとり
とりわけブライダルでは大御所のようだ
結婚に大きな夢を感じて
若者たちは熱い思いを寄せていた
少子高齢化とは対極にある時代
華やかだったとも言える

マクラが長くなった
その少子高齢化が進んで
ブライダル関連の需要は
往時ほどではなさそうだ

してみると・・
今回一ヶ月以上にわたる入院生活をしてみて
ふと思うことがある

おしゃれは・・
どんな時代でも大事なキーワード
ただ・・誰がターゲットかの問題だ
そうなりゃ高齢者・・誰でもそう思う
事実熟年モデルさんを使った雑誌も見かける
元気で健康な高齢者のカジュアルも悪くはない
しかし・・今回入院してみて・・
ここにはおしゃれがないな・・と実感した

激痛に痛めつけられて一週間ほど
少し自力で廊下を歩いて歩行訓練したり
洗面 トイレに行けるようになった頃
面会の妻に・・
「持ってきたパジャマの代わりに
少し派手目でいいから
明るいTシャツとかハーフ・パンツに
取り替えてほしい」と頼んだのだ

診療科目にもよるだろが
消化器科とか一般外科とかだと
患者のかなりは・・
私と同年か・・少し先達の年配である
かなりなダメージを受けて
寝るにせよ起きるにせよ
せっせ さっさ・・とはゆかない
覚束ない足取りで廊下を歩くが
それがとても儚く見えるのは
着ているもののせいだと・・
思えてならなかった

患者が・・
自らの意思で・・元気になりたい!・・って
思うこと・・これに勝る良薬はあるまい
そういう気分にさせるのは・・
朝から晩まで着たきり雀のパジャマじゃないか

そのパジャマが・・
霧の中に消えそうな日差しみたいに
薄ぼんやりでは・・滅入ってしまうばかりである

病院なんぞで・・おしゃれしたところで・・
これが間違いだ
病院だから・・おしゃれして気分をだそう
免疫強化とは・・こうしたことじゃあるまいか
入院グッズについてなら・・色々考えた
高齢化社会での・・
ひとつのビジネス・チャンスになるかもしれない
それはまたの機会に・・としても

FILAのTシャツとハーフ・パンツに着替えて
病院廊下を往復100米×10回
朝昼晩と三回歩いて脚の強化に励んだ
二度目の手術に備えて力を貯めたかったからだ・・

遥か昔・・
私は自分の番組で・・メタモルフォーゼ
つまり『変身』を実験したことがある
着ているものをガラリと変えると・・
まるで別人のように・・身のこなしも変わる
気持ちの在りようが変わるからだ

元気になりたきゃ・・
元気になれそうな恰好をすることだ!
気持ちが明るくなれば・・
身体も明るくなる
患者自身でもできる大事な療養だと
密かに自分に言い聞かせて
日に3キロ・・廊下を歩いたのだった
by kamadatetsuya1017 | 2007-07-27 15:10 | 未分類

サマンサの復讐

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術後数日なら発熱することもあるらしい
それにしてもヘルニアの手術を終えて5日目
しかも9度5分の高熱は異様といえば異様だ

6月18日の深夜・・
その夜も発熱していたが
嫌な夢をみた
まるでホラー映画みたいに
私の内臓が針金でグルグル巻きにされ
その端が引っ張られてる・・
熱にうなされて・・夢から覚めた
寝汗でぐっしょりだった

ふと・・その嫌な夢の痛みを
そのまま私の腹腔に感じて愕然とした
『夢じゃない・・!』
急いでナース・コールを押した
まるで津波のように
腹腔を突き上げる激しい痛みに翻弄された
たちまちのうちに
夜勤の看護師と医師がかけつけた

激痛を押さえ込むために
身体は石のように硬くなった
呼吸することさえ拒んだ・・

水に溺れるのは
息が吸えないからじゃない
吐けないからなのだが
似たようなもんだ

「血圧は・・?」
「220の180!」
「血管確保できた・・?」
「力抜いて楽にできない?」
「針が入らないのよ・・」

全部聞こえている
220の180だなんて
パンクしたらそれで終りかも
「大丈夫よ・・楽にして!」
少しの間・・
人間は痛みだけでも死ぬかもしれない
実感としてそう思ったりもした

当直の女医のMさんは
10数年前・・テニスでアキレス腱を切って
同じこの病院に入院したとき
そのテニスを一緒にしていた仲間だった
主治医つきで病院に戻り
そのまま自分の病院で手当を受ける事務長・・
思えばあの幸運は・・今度も同じだった

この信じがたい激痛・・自宅で起こせば
家族はうろたえるばかりだろう
旅先でだったらもっと惨めだ
入院中の病院でだから・・
220の血圧だって
痛み止めと一緒に降圧剤が手の甲から注入され
さしもの痛みも・・やがて少し落ち着いた
つまりは息を吸うことができるようになったのだ

救急車が呼ばれ
市立病院の救急部に搬送されることになった
病院職員として乗ったことはあるが
患者としてなら初めてだ
手馴れた道だから
目をつぶっていてもどこら辺かは判る

ひっきりなしに搬送されてくる救急患者
慌しげな職員の風を感じながら
やがて私の身体に色々な装置が押しつけられた
腹腔の辺りのどこを押しても激痛が走る
エコーがその痛みの正体を暴き出していた
「まぁ・・ひどい炎症が起きてるけど・・
つまりは胆嚢の炎症で・・原因は石だろな」

胸膜炎 肺炎 胆嚢炎・・
横隔膜を押し上げるほどに腹腔に浸潤した胆汁を
体外に排出するための管が胆嚢目がけてわき腹から穿刺されたが
道中の肋骨にかすかにぶつかったとき
震度6の地震に震度6の余震が起きたように
再び私の身体は痛みに耐えるため硬直した

やがて病室に移され・・朝がきた
殆ど眠れぬままに・・ドアーの方を眺めていたら
ひとりの看護師さんが
怪訝そうにこちらを見た

「先生・・?」彼女はそう言った
病室の入り口に掲げた私の名前を見て
やがて近づいてきた
また偶然が重なった
彼女は・・かつて私の工房で陶芸をしていた
いつしか多忙になって足が遠のいたが
無理もない・・この病棟の婦長なのだそうだ
この日から3週間近く・・
私は・・彼女の病棟で世話を受けることになった
それも・・やはり幸運といえよう

こうして・・
思いがけない胆嚢摘出手術への序章が始まった
幾つかの幸運が重なったのは
魔女の一撃をもたらしたサマンサの更なる復讐に
一歩も引かず立ち向かうための援軍だったような気がする
by kamadatetsuya1017 | 2007-07-20 23:08 | 未分類

これもひとつの旅・・かと

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2007年6月12日(火)
大きな旅行ケースにいささか必要な衣類と
アタッシュケースに書類や書籍を・・
小さなショルダーにデジコンと音楽を詰めて
かつて長いこと事務長として在籍した
懐かしい整形外科病院の玄関をくぐった

旅支度のように見えて・・旅ではないが
しかし・・これもひとつの旅かと思える日々が始まった
予定なら・・2週間のはずだったのだが・・

まずは旅の行程だけを羅列しておこう
旅に偶然はつきものだが・・ここでも同じ
思いがけない成り行きに
翻弄される木の葉のような5週間になってしまった

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6/6
いつものように工房を掃除していて
一瞬に魔女の一撃を受けた
別れたはずのサマンサの反撃
急いで受診した整形外科で・・
とりあえずは痛みを止めてもらった

6/8
MRIの結果・・
椎間板ヘルニアによる左脚神経麻痺と診断
緊急に手術の必要を指示された

6/12
緊急入院

6/13
全麻による椎間板ヘルニア手術

6/18
術後発熱が続き その高熱は
ヘルニア手術の影響とはいえそうになく
翌日市立病院で内科チェックを予定した矢先
この夜 腹部に激痛が走り
七転八倒さえかなわぬほどに傷めつけられる
救急車で市立病院に搬送
救急部の診察で腹腔に重篤な炎症がわかる
胸膜炎 肺炎等とともに胆嚢に石が見つかり
痛みの原因が特定される

6/19
右わき腹から胆嚢にチューブを穿刺
ドレナージュで化膿した胆汁を継続的に排出
この穿刺が肋骨に当たるとき
またすさまじくも激しい痛みとの戦いだった
暫くは消炎による痛みの軽減を待つことに

6/27
造影によるMRI
胆嚢摘出の手術になりそうと診断

6/29
胃カメラ・・胆嚢摘出術への準備

7/2
24時間モニターによる心臓のチェック

7/4
大腸ファイバー検査
これも厳しい検査だった

7/11
夕方から胆嚢摘出のための開腹手術施行
一ヶ月に二度の全麻の手術はさすがにこたえる
翌日では身体が目覚めず
苦しい術後だった

7/13
少しでも動く努力をすることで
痛みは緩和されると聞いてもいたから
この日から100米ほどの廊下を
朝昼晩と・・三度にわたって5往復
計3キロほどを歩いて訓練
歩くことがこんなにつらいとは・・

7/18
最終の血液検査の結果が良好で
明日での退院許可が出る

7/19
抜糸・・というより抜鋼
ホッチキスでとめてあるキズ口だから・・
10時半・・
世話になった消化器科 外科のスタッフに礼を言って退院を後にした

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写真の旅支度は・・・
まるで物見遊山の海外旅行のようだが
到底そんな楽しい旅ではなかった

しかし考えてみれば
思わぬ偶然から
65年の人生で・・
初めてだらけのインナー・トリップ

身体の不思議を知るとともに
この先の人生に
もしかしたら避けて通れぬ
痛みへの寛容を・・覚えたのかもしれない

帰宅してみたら・・
工房に立ってみたら・・
ビックリするほどに食欲がわいてきた
『身体に力を・・!』
しばらくはそれが課題だと思う

詳しいことを書かずに
ブログをお休みしてしまったのだが
それは・・言いわけすれば
不在証明をさけるためで
老夫婦ふたりだけの生活で
ひとりが不在の無用心を避けたかったから・・と
お許しいただければ・・である

この一ヶ月で感じたさまざまを・・
少しづつ・・また書いてゆこうと思っている
by kamadatetsuya1017 | 2007-07-19 13:51 | 未分類