カテゴリ:折々の折り( 2 )

プリント・アウト

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初めてインターネットに触れた2001年
その年の6月7日に・・
エッセイ「折々の折り」の最初を書いた

今読むと・・それは
「第16回日本陶芸展」の記事である
二年に一度のビエンナーレ展
明日まで大丸ミュージアムで開催されているのが第20回
8年の歳月が流れたことになる

最初は・・気ままな記載だった
本気で書き始めたのは
2002年10/25からである
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やがて期するものがあって
一年365日・・連続で更新すると決めた
今思えば苦しい夜もあったが
3年ほどかかって・・1001夜を完遂した
2005年12月12日のことだった
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すべてプリント・アウトすることにした
それが・・このフォトである
高さにして・・
10センチを越え千数百枚になった

ファイルでも読めるが・・
このボリュームはプリントしてみないと分らない
少し人間が古いから・・
紙にして初めてわかる足跡ともいえる

こうして見て・・
もう二度とできないだろうな
そう思う・・

きちんと綴じて・・
もう一度読みかえしてみようかと・・

私のウェブに・・いまもある
もしお暇があったら・・
立ちよってみてください

折々の折り
by kamadatetsuya1017 | 2009-04-19 23:16 | 折々の折り

里山(986/1001) 2005/11/27記

2005年12月12日に
エッセイ『折々の折り』は
1001夜を達成して休筆した

爾来2年半・・思いたって時々読み返す
連続更新を維持する苦しさに
眠い目をこすって喘いだこともある

今でも・・今だから・・
このブログに転写して
復刻させてみたい話題もある
そんな試み・・を始めてみた


              欧州の田舎のようなたたずまい・・この建物と芝生の庭の中に
              私の幼年期の懐かしい思い出がイッパイ・・今でも・・ときどき訪ねます
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広辞苑を見ても「里山」という言葉は見当たらない
結構身近かな言葉のように思えても
決して古い言い回しではないのかもしれない
正確な定義はわからないが
自然に恵まれた牧歌的な農村風景とでもいったらよいのだろうか
 
その里山に身を置くというのは
今ではひとつの旅である
自然を求めて・・ひとは特別な思いを馳せる
もとをただせばそれしかなかったのにである
都市生活とは・・里山と対極にある風景なのだ
 
ひとが優しさを失いつつあるような気がしてならないが
それはことによるとあんなに豊かにあった里山を
機能と利便のサイエンスのために供え物にしてしまったからじゃなかろうか
 
山は特別な休暇をとって登るものであり
川は泳いではいけないプール・・
林があればそれは公園であり
花は花屋さんで買うものになってしまった
とりわけ都市生活者にとって
自然はいつの間にか季節ごとに差し替える床の間の絵のようだ 
離れて見ることはできても
その懐に抱かれることのない高価な掛け軸である
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30万坪の庭に・・
無造作と思えるほどに無数の花が咲き乱れ
その無造作の中に身体を埋めて
日がな細やかに手入れをする老女 
既に90歳になろうとしているが
花の中にいれば齢をとることも忘れているようだ
 
長い冬も決して雪かきをしない
怠けているのではない 
花々は・・雪のお陰で地の下に暖かく守られているから
無闇にかいてはいけないのだそうだ
花を眺めるなら都会でもできる・・しかし
花を愛するなら・・
ひとは地に根を下ろした花の中に住まねばならぬ
優しさは・・花を眺めるだけでなく
花と一緒に暮らすなかで芽生えるものに違いない
この老女の生き方はそれを教えてくれているようだ
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世界的な絵本作家ターシャ・デューダの生き方は・・まさにその手本
「生きる上で大事なものは・・・時間と手間のかかるものなのです」・・と彼女は言う
その時間と手間の省略のために一喜一憂してきた科学への
痛烈な皮肉のように聞こえて・・
実は・・科学の可能性への大きな示唆を含んでいる 
つまり・・科学もまたその進歩に時間と手間を惜しんではならないのだ
 
科学が大事なものであるなら
それはひとを大事にするための手段でなければならない
だから時間と手間を惜しんではならないのだ 
ひとが優しさを失いつつあるのは
科学がひとを大事にしようとしないからである
だからひとは里山に旅をして・・その懐に抱かれて癒されるのだ 
 
「私はひとりで暮らすのが好き・・ひとと一緒が苦手だから・・・」
90年の半分を不便を友にして里山でひとり暮らしをしてきたターシャが
花や絵本を通して最もひとや生きものに優しいこころの持ち主だということは
・・それこそなんと言う皮肉だろう・・
バーモントの春の・・その花の群れ咲く彼女の庭園は
まるで神の庭のようだ・・2005/11/27記
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今年の6月・・ターシャは
家族や親しい友人に囲まれて
ターシャの庭のように
花〃の咲き乱れる神の花園に旅立った
バーモントの秋は・・寂しそうだ


折々の折り 1001夜・・(2005/11/27)長いけど・・お暇があったら是非・・
by kamadatetsuya1017 | 2008-08-31 02:12 | 折々の折り